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COMMONS CAFE <コモンズカフェ>

開催日:2015年04月24日

[第11回]同志社大学 文化情報学部 津村宏臣「世界遺産ができるまで-記憶と記録-」

第11回 コモンズカフェ 開催記録

<はじめに>

津村先生写真1 2015年4月24日、第11回目のコモンズカフェが開催されました。今回は文化情報学部より、津村宏臣先生をお招きしました。まずは先生の自己紹介から始まりました。文化人類学や考古学の分野がご専門で、普段は発掘を行ったり、現地調査にでかけたりと世界を駆け回っておられる先生です。

 今回は学生に向けて「文化遺産」と「文化財」がどう異なるのか、「遺産」とはそもそも何を指すものか、その魅力も含めて解説して頂きました。世界遺産(=文化遺産)と日本の文化財に対する私達の認識のギャップも顕わになりました。

<世界遺産について>

 冒頭、世界遺産について一般的な認識をもとにお話を頂きました。世界遺産はユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産委員会によって審議・登録されるもので、その地域における社会的活動、アイデンティティが凝縮されたものと捉えることができます。その登録活動の主たる目的は、遺産が持つ文化多様性やそれを取り巻くイデオロギーを保全・維持することと考えられます。

 それでは、登録にあたっての「決め手」は何にあるのでしょうか。先生は「遺産としてのもの自体のすばらしさだけではない」と続けます。さらに、日本という国が自国の登録数を増やすことに、特に技術・金銭的においてメリットは薄いかもしれないと指摘されました。それは日本に文化財保護法という、既存の法律の存在に照らして考えた場合です。

 まず、先生は「文化財」と「文化遺産」の違いについて整理されました。文化財は”Culture Properties”、文化遺産は”Culture Heritage”の翻訳です。前者の文化財が指し示すものは、もの・現象が対象となり、それ自体が時間的、空間的にその形で止まっているという静態的な性質があるといいます。日本における例としては、建築物の古さで語られることの多い姫路城や法隆寺を挙げられていました。対して、後者の文化遺産が指し示すものは、社会景観をつくる一部または社会景観そのものであり、時間的に変容していくものであるといえます。時間的にその「瞬間」を止めない、空間的にもその「範囲」が可変的という動態的な性質があると考えられます。さらに、変容の過程を経ても50年後も100年後も、その景観がその地域の人々の生活や社会の中心であることが肝要であり、同時にそれが登録の選定のポイントであると先生は指摘します。まさに遺産を保護する、ということはその遺産および景観に対する人々のかかわり合い・かかわり方をも残していくことであると説いておられました。

<日本と世界の考え方の違い>

津村先生写真2 現状の日本の世界遺産登録における理解・考え方に対する問題点に話題が移りした。ユネスコ(世界基準)における遺産の考え方と日本の遺産の捉え方にかなりのギャップがあるといいます。先述の通り、日本には文化財保護法が存在します。この法律と世界遺産条約の共通点としては、「対象の保護」を目的としている点です。先生はそれを踏まえた上で、両者の根本的な違いを詳しく解説いただきました。日本の場合、対象の「もの」自体に注目していますが、それを含めた全体の景観について関心が払われていないことが少なくありません。一方、欧米や中国では、「もの」よりも「人間」にまつわる景観の方に関心の矛先があります。日本はユネスコの世界遺産への登録を目指して、過去に様々な試みを行ってきました。しかし、世界との価値観・認識の大きなギャップがある限り、これからの登録活動への進展は望めないという懸念もあります。

<日本の世界遺産をめぐる動き>

 具体例を挙げながら、どういう動きがあるのか説明がありました。

 一つ目は百舌鳥古墳群です。現在、こちらを世界遺産に登録させようという動きがありますが、例えば御廟山古墳、墳丘自体は民間に開かれたものではなく、陵墓参考地として皇室財産、つまり誰かの所有物ということになります。そのためその地域の人々の生活景観の中心というよりも社会的な、象徴的意味が強く、生活景観としての「遺産」として相応しいか議論を深めて行かなくてはならないと仰いました。

 二つ目は2013年に世界遺産登録された富士山です。登録を受けて以来、多くの観光客が山頂を目指しました。「人々は景観の中心に登って何を見ようというのか」――先生は次のように続けました。そもそも富士山は芸術作品のシーズであり、信仰対象であるといいます。富士山という「個体」に夢中になりすぎると、富士山のもつ「遺産」としての本来の価値はわからなくなってしまいます。景観の中心にあることこそが、富士山が世界遺産に登録された理由の一つであります。「富士山に登るより、他の様々な場所で富士山を眺める(でも富士山は富士山に見える)ことがより有意義ではないか」、その言葉に参加者もハッとさせられる一場面でした。

<これまでの登録活動>

 日本は過去に現存の文化財を世界遺産登録へ向けて、いわば「試し打ち」のような多様な遺産選定をしていた期間があったといいます。世界遺産委員会や会議での登録傾向を探りながら、歴史、形態、規模など様々なタイプの文化財の推薦を繰り返してきました。日本において文化財の価値が高いと一般的に言われる、「唯一絶対であること」、「規模の大きさ」、そして「古さ」などは、残念ながら、ユネスコの基準から見ると、あまり重要ではない観点のようです。

 実際に世界遺産の個別の事例を紐解いて説明がありました。先生は「石見銀山」をまず取り上げられました。この銀山、現在は閉山されており、一見「枯れた山」であり「観光客もあまり喜ばないのではないですか?」と先生は仰います。しかし、最盛期にはここで産出された銀が世界へと広がり、極東の小さな山でありながら、世界に大きな産業影響力を持ちました。にもかかわらず、環境に配慮した工法や作業を行い、その痕跡が自然とともに残されている、これがまさに登録の決め手であるといいます。自然と産業を両立する文化・社会景観の価値は、銀山の規模や古さ、絶対性とは異なる価値があるというのです。ちなみに現在、日本は東瀬戸内地域・小豆島を世界遺産に推しているという状況も教えて頂きました。

 その他の例では、スペインのとある世界遺産の古い町並みを挙げられました。今では、たとえば各家にエアコンが取り付けられるなど、生活様式は変化を辿っています。しかし、町全体の雰囲気や、人々の生活の在り様は昔のまま残されています。

<質疑応答>

津村先生写真3 休憩をはさみ、質疑応答の時間に入りました。休憩中も先生を囲んでの歓談が続きます。質疑応答では、一つ目に、「世界遺産と文化財の相違に注目するきっかけは何か」という問いが参加者から出されました。それに対し、学生時代に海外に行き刺激を受けた点、さらに日本が人も社会も「個」に注目しすぎて、その背後にある全体の景観や世界の意味に気付いていないのではないか、そういう問題意識持ったという経緯の説明がありました。

 二つ目に、「京都における景観を残すか否かの問題において、行政の意向が反映されるのか」という質問がありました。先生の回答としては、行政の権限や関与は否定できないことを前置きの上、「『市街地にぽっと時間の止まった神社仏閣(文化財)がでてくる』といった京都ならではの土地柄を遺産として受け入れ、それ自体を売り出していく方法もある」と、その特殊性に触れられました。

<「伊勢神宮」、「小豆島」の事例から>

 日本はそのものの「古さ」を重視する側面が強く、価値・考え方が画一的である傾向があるといいます。対して、例えば欧米人はものの美しさや自分の興味など、多様な尺度持っていることが多く、その点で価値観がより多様である様に感じるという見解を紹介されました。それに関し、参加者のひとりである中国出身の留学生も、自国での価値観は欧米に近いという意見が出されました。

 次に日本の価値観に関連して、我が国で文化遺産としてもっとも象徴的なのは「伊勢神宮」であると先生は続けました。特別にその景観に対して文化財や遺跡としての登録はありませんが、こちらに参拝に訪れると人々は「神々しい気持ち」になり、それでいて毎年の参拝客は後を絶ちません。近隣の「おかげ横丁」も含め、伊勢神宮をとりまく社会景観全体に対し、人々が維持に努め、積極的に関わっている姿がそこにはあります。伊勢神宮はそれ自体が社会景観であり、人々にとってなくてはならない存在なのです。そして、そうした遺産は、実はユネスコや役所の登録や指定の有無とは関係なく、人々によって変化しながら保全されるHeritageの理想ともいえるということでした。

 津村先生が出演されるNHKのプロジェクト番組でのエピソードをご自身から紹介いただきました。番組の内容は文化遺産を紹介するもので、制作スタッフとのやりとりや実際にコンテンツが出来上がる過程を経験されてのお話でした。製作中、初期においてスタッフはTV的に面白いこと、もの自体の巨大さや特異性を優先して番組を作るという意識が強いといいます。しかし、遺産をとりまく地域のコミュニティ(社会景観)にしばらく滞在すると、彼らの意識に変化が訪れるそうです。次第にスタッフは視聴率を取ることよりもむしろ、遺産と地元の人々の生活を結び付けたり、その遺産が脚色で間違って伝わらないよう配慮したりという意識が芽生えてくるそうです。先生は番組を作る上で、スタッフ共々その地域に住み込み、空間への愛着感を共有したのち、制作に関わる全員の思いをありのままに表現したいと心意気を語って下さいました。

 最後に、「文化遺産とビジネスとの関係はどうすべきか」という質問が投げかけられました。先生の答えとしては、ツーリズムとタイアップすることで、その遺産・社会景観にとってプラスになればよいというものでした。その際、それがサイトシーイング(見る者の主体的価値中心)ではなく、ツーリズムとして地域の主体的価値を内容として取り入れ、お客さんに直接体験をさせる仕掛けも重要との指摘がありました。また、地域住民と協力して進めていくことも考えてよいとのことでした。

<おわりに>

津村先生写真4 地理的要因もあってか、欧米とは異なり、日本ではもの自体の歴史性に注目する傾向があります。価値の多様化が進むと同時に、地域には「タネ」になるような事象が沢山潜んでいる、先生はそう締めくくられました。

 今回は文化財と文化遺産の違いをわかりやすく、具体例を交えて津村先生にご説明いただきました。世界遺産がどうやってできあがっていくのか、先生のご経験に基づいた貴重なお話でした。お忙しいところ、京田辺キャンパスからお越しいただきまして、どうもありがとうございました。今後は世界遺産、史跡を観光名所の物見遊山ではなく、人々が   生活を営む景観であると意識しながら、訪ねてみたいと思います。

 

記録:劉碩(LA) 文章と構成:竹永啓悟(LA)

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