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COMMONS CAFE <コモンズカフェ>

開催日:2015年12月07日

[第15回]同志社大学 心理学部 武藤崇「行動科学から考えるダイエット」

第15回 コモンズカフェ 開催記録


<はじめに>

 2015年12月7日、第15回COMMONS CAFEが開かれました。今回は同志社大学心理学部の武藤崇先生をお招きし、「行動科学から考えるダイエット」というテーマでお話をうかがいました。多くの人々に関心がある「ダイエット」について、心理学の立場から興味深いお話を当日の参加者の皆さんとお聞きしました。当日の様子をレポートします。

 最初に、武藤先生より2つの資料をいただきました。

 1つは「同志社大学心理臨床センターで以前実施された「“むちゃ食い(過食性)障害”改善プログラム」の告知チラシです。

 もう1つは「ダイエットは解決策にはならない」(Mann, Traci; Tomiyama, A. Janet; Westling, Erika; Lew, Ann-Marie; Samuels, Barbra; Chatman, Jason, 2007, Medicare’s Search for Effective Obesity Treatments: Diets Are Not the Answer, American Psychologist, Vol 62(3), pp.220-233.)という英語論文でした(興味があります方は是非、お読みください)。

第15回写真01 ダイエットについて話を聞きたくて集まってきた参加者に向けて、武藤先生はいきなりショッキングな発言を行い、皆の度肝を抜きます。

 巷に流通しているほとんどのダイエット法は効果がありません。短期的にはマイナス10~30kgといった効果が出ていると報告されているにもかかわらず、5年後にそれらの人々の追跡調査を行ったところ、元に戻ってしまっています。

 元に戻るだけならまだしも、だんだん痩せにくい体質になってしまっている人もいるといいます。「短期的な効果しかなく、効果が持続しないダイエットには意味があるのでしょうか?」と武藤先生は疑問を投げかけます。のっけから今回のカフェのタイトルを否定するような話からはじまり、一同、一気に場に引きこまれます。臨床心理センターが実施した告知チラシのコピーには、ダイットについてのセミナーが記載されておりました。しかしそれは驚くべきことに、ダイエット方法の紹介ではなく、「脱」ダイエットプログラムなのでした。


<ダイエットビジネスについて>

 雑誌であれ、書籍であれ、「ダイエット」と名のつくものは多く売れる現象があります。それだけ関心を持っている人が多いことがわかります。それはつまり、現代社会に<痩身願望>が蔓延しているということなのでしょう。「なりたい自分」として、細身の雑誌のモデルさんを理想に置いてしまうことが多々あるように思われます。

  「30年前の女性アイドルを思い出すと、今と比べてそれほど痩せていないですよね。今のアイドルは痩せすぎなのです」と、武藤先生は指摘します。


<確実に痩せる方法があるので、それを実践してみる>

 巷にあふれる「××ダイエット」で、長期的に効果が見込める方法はありません。ですが、確実に痩せる方法が1つだけあると武藤先生はおっしゃいます。

 それは「意識を変えること」と「食習慣を変えて、満足いく食事を摂ること」が長期的にはダイエットには非常に有効だといいます。かきこむような食べ方ではなく、ゆっくり味わうことで、食事の量がそれほど多くなくとも満足感が得られるとのことです。これだけならよく聞く話ですが、しかしさすがは心理学者、足元からゴソゴソと紙袋を取り出し「ちゃんと味わう訓練って、普通はしたことがないですよね。では実践してみましょう」と、参加者の全員にお菓子を配り始めました。 紙袋からあらわれたのは、とある月面着陸宇宙船にちなんで名づけられたチョコレートのお菓子でした。

 突然の流れに驚いている(そしてお菓子が出るなんて!と喜んでいる)参加者を前に、武藤先生は「いきなり食べずに、手のひらにのせて観察してみましょう。そして気づいたことを自由にいい合ってみましょう」とおっしゃいます。

 このチョコレートがどのような形をしているのか、各自まじまじと眺め、何に気づいたか、議論します。普段、意識しなかった色の境目(ちなみにイチゴ味)を感じます。円錐の体積の求め方を思い出したりします。私の手の上にのるまでに随分と長い宇宙旅行をしてきたのだろうな、などと感慨にふけってみたりします。イチゴだけに一期一会、という発言はさすがに出ませんでした。第15回写真02

 「次に、香りを嗅いでみてください」

 えっ、まだ食べられないの?と思いつつ、チョコレート独特の風味を楽しみます。イチゴの匂いがします。鼻の頭が茶色くならないように気をつけながら、どんな味なのか想像します。

 「では、食べてください。ただし、噛んだり、飲みこんだりしないで、舌に転がすように味わってみてください」。

 ここでようやく味を楽しむことができます。甘さを感じたり、酸味を感じたり、溶けていく様子を堪能し、最後にはイチゴの種を思わせるシャリシャリした食感を得ました。味の変化を十分感じることができました。グルメレポーターになった気分です。

 1粒のチョコレートを手に取ってから食べ終わるまで2~3分を費やしました。いつもの食べ方ならば、“ヒョイ、パク”で数秒もかからないでしょう。きちんと「味わって食べる」訓練をしたことがないことに改めて気づかされました。


<味わうことがダイエット>

 この一連の実践こそ、ダイエットとは知らずにダイエットに参加していたことになるといいます。食べ物を味わうことで、「自然と食事の量が減る」と武藤先生はいいます。過食の人は食べる行為ばかり追い求めていて、味覚的には満足していないのだそうです。今回のように、視覚、嗅覚、味覚といったさまざまな感覚をフル活用することで、量は多くなくても食事に対する満足度が上がるのだそうです。

 武藤先生は「最近、キーワードとなっている<マインドフルネス(=mindfulness)>の思考法をダイエットに適用することで効果が出てくる」とおっしゃいます。マインドフルネスとは、最近注目を集めている思考トレーニングの方法で、アメリカの研究者が集中力を高めるトレーニングとして提案したものです。日本語では気づくこと、注意することといった意味があり、Google社などでも効率的な経営のために社員教育に採用しています。マインドフルネスを用いて、自分が何を、どのように食べているかということに気づきを向けることが幸せな食事に繋がるのですね。


<思考の逆説効果:我慢をやめれば苦にならない>

 ダイエットに挫折する人は、ダイエットで強いられる我慢に耐えきれなくなってしまうといいます。ダイエットを苦行として位置づけているわけです。ということは、我慢を強いられることがないダイエットであれば、長続きするはずです。そこで、「苦しい=我慢」の構造を取り払ってしまうことが求められます。つまり、究極のダイエットとはダイエットに取り組んでいる意識をなくして過ごすことだといいます。武藤先生はこれを「思考の逆説効果」だとおっしゃいました。

 食生活を改善し、味わって食事を摂り、他の活動に時間を費やします。ダイエットをしていることを忘れるぐらい日々の生活に没頭します。その生活を繰り返しているうちに、何十年も体型が変わらず、健康を維持できている――これが究極のダイエットだと武藤先生は捉えております。

 とはいえ、一人で黙々と過ごすのは容易ではありません。誰かに宣言するとよいでしょう。「私は禁煙しています」、「私は遅刻をしません」、「私はウソをつきません」と声に出して、誰かに伝えることで人は発した言葉を守ろうとします。実は、自分で自分を管理(セルフマネジメント)することで、できることは限られています。自分でできないからこそ、人の力、社会の力が必要だ、と武藤先生はおっしゃいます。

 また、習慣をつくるには「3」がキーワードなのだそうです。三日坊主という言葉があるように、3日目が挫折しやすい。ほか、3週間、3ヶ月に注意が必要です。そのあたりが習慣づくりで気をつけたほうがよいタイミングなのだそうです。

 心理学の立場から、私たちの「心」がどういう要因によってつくられ、逆にものの考え方が固定してしまうのか、武藤先生は日々ご研究されています。また、長期的な視野に立っておられるのが武藤先生の研究の特徴です。「長期的な視点から研究することは重要です。今の社会状況では心理学の研究でも短いスパンしか見ない研究が増えていますが……」と最後に呟かれたのが印象的でした。

 これまでのお話をまとめますと、「自分によってつくられた習慣こそが長続きする」のです。そしてそれは苦しいものである必要はないのです。たしかに短期であげる効果は多くの人の注目を集めます。しかし、大きな花火は一瞬にして消えていきます。「地味ながら続けることにこそ効果がある」のです。これは、私たちが人生をどのように送るか、生活の質(Quality of Life)と関わる話なのです。

 ダイエットにかぎらず、それ以外の様々な領域にも応用可能な方法を、心理学の知見をもとに色々とアドバイスいただいた前半の30分でした。


<質疑応答>

 後半の40分(10分予定時間を延長しました)は、参加の学生さんたちから興味深い質問が投げかけられ、武藤先生が的確に応答されていました。そのいくつかをご紹介します。


質問1:短期ダイエットは効果がありますか?

武藤先生:モデルが職業である方の場合はともかくとして、普通の人であれば不安をあおるだけです。むしろ、リバウンド体質になってしまいます。


質問2:お友達と一緒にいると、つい余計に食べてしまいます。どうしたらよいでしょうか?

武藤先生:実は過食気味の方を調べると、一緒に食べる仲間も同じように過食気味だったりします。仲間が多く食べていれば、つい「自分も」となってしまいます。多く食べない人と仲良くしましょう。小食の人と食べると良いです。食べすぎがつらい方は、相手に「これ以上、食べられません」とはっきりいうことです。いすれにせよ、早食いは太ります。食べ物を味わいましょう。


質問3:夜遅く帰ってしまうときがあります。晩御飯はいつまでに食べればよいでしょうか?

武藤先生:就寝3時間前の食事は胃によくありません。食後に寝てしまうと、太りやすい体質になってしまいます。また、油ものは控えましょう。もしも食べなければならないというときには消化のよいものをお勧めします。
第15回写真03 学生時代には、「食育」と「運動スキル」を是非身につけてほしいと思います。若いうちは無理ができます。ですが、年を取ると急降下してきます。20代でできたことが、40代以降ではできなくなります。早めに改善できることは改善し、習慣化してしまいましょう。自尊心の低い人がダイエットに依存しやすいことが心理学の研究で明らかになっています。そうすると、自尊心の低い人がダイエットで改善を試みると、かえって挫折をして自尊心が低いままといった負のループに突入してしまいます。もしもダイエットに失敗したと思ったのなら、底に落ちたことを自覚し、一からやり直す機会としてポジティブにとらえ直してみましょう。底がみえたらあとは上がるだけですから。


質問4:運動はダイエットに効果がありますか?

武藤先生:もちろん活動的になると、カロリーを消費できるのでプラスといえます。ただし、運動しないで続けられるダイエットプログラムのほうが長続きします。ダンベルでも、マラソンでも一生続ける覚悟でやってみることをお勧めします。習慣化こそ大事なのです。2か月ではわかりませんが、3か月続けてみて、飽きがこないようでしたら、それは習慣化できたことになります。最後になりますが、目標点を短期でなく、長期に設定してください。「早い」、「効率よい」は魅力ですが、リバウンドしては効果がありません。






<まとめ>

 即効性のダイエットに疑問を持ち、地味ながらも、規則正しく、食べ物を美味しく味わう長期的な食習慣こそ究極のダイエットだと武藤先生は主張されます。心理学はダイエットの処方箋を出すのではなく、ダイエットに固執してしまう心のありようを解きほぐしていくのですね。「脱」ダイエットを志すことで、自然とダイエットが始まっていきます。いわれてみれば腑に落ちるけれど、いわれるまでは気づかないものですね。

 お忙しい中、心理学部以外の私たちのためにわかりやすいお話をしてくださいました武藤先生にお礼申しあげます。どうもありがとうございました。





 次回も学内外の先生をお招きしてのコモンズカフェを開催します。

 どうぞご期待ください。

(文章と構成:浜島・岡部・鈴木)

 

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