Date:2016.07.05
[第19回]同志社大学 生命医科学部教授 野口範子「あなたもめざしませんか?サイエンスコミュニケーター」
第19回コモンズカフェ開催記録
<はじめに>
今回のコモンズカフェでは生命医科学部の野口先生をお呼びしました。今回のコモンズカフェは、先生のご研究の紹介、そして今年度より生命医科学部と経済学部でスタートしたサイエンスコミュニケーター養成副専攻についてのお話でした。理系と文系が越境する、総合大学ならではのコモンズカフェになりました。
<ご研究のお話>
先生は高校を卒業するまで京都を過ごし、筑波大学に進学されました。大学・大学院では生物学、医学を学び、その後、海外の研究所や東京大学で研究されていました。
先生の研究の中心テーマは酸化ストレスです。もともとは除草剤の人間に対する毒性機序を研究していたことから、現在の研究テーマに広がっていったのだそうです。先生の研究のさわりをお話していただきました。脳の重量は体重の2%程度ですが、脳に存在するコレステロール量は全身の25%を占めています。脳内でコレステロールが生成され、それが神経細胞に供給されていきます。脳にとってこれほど大量のコレステロールは必要なものなのですが、それでも必要以上のコレステロールは毒性を生んでしまいます。そこで、構造を変化させて(24S-OHCという物質になります)、脳外に排出します。しかし、24S-OHCにも毒性があり、野口先生はこれについてのご研究をされております。
先生のお話は、アルツハイマー病やパーキンソン病のお話に移っていきました。モハメド・アリやマイケル・J・フォックス(映画”Back to the Future”の主人公を演じた俳優ですね)が闘っている病気です。とくにマイケル・J・フォックスは私財を投じて、パーキンソン病に対する研究助成を行っているのだそうです。野口先生の研究チームはその助成金を獲得され(4ケタ万円!)、パーキンソン病の診断マーカーを開発されました。先生たちの研究チームの大きな目標は認知症をなくすことです。そのために細胞死のメカニズムを理解する必要があります。このメカニズムを理解すれば、次はそれを抑制する方法を見つけていくことができます。このようなステップを踏んで、先生はご研究を進めています。
<サイエンスコミュニケーター>
先生のご研究が紹介されたのち、いよいよ目玉の「サイエンスコミュニケーター」養成の話に進んでいきます。野口先生はご専門の研究をされつつ、サイエンスコミュニケーターを養成する副専攻を設置されました(社会学部と政策学部の協力のもとに、生命医科学部と経済学部に2016年度から設置)。基本的な科学的知識の修得に加えて、自然界や人間の営みの中でおこることを、正しく理解して、根拠に基づいて判断する、つまり、科学的思考を養います。これらをきちんと勉強して、科学技術や医学の進歩とその問題点を、一般の人にわかりやすく伝える人が育ってほしい、そう思って作ったのがこの副専攻だそうです。
サイエンスを専門としないひとに、サイエンスのことをちゃんと伝える。
これだけ科学技術が進歩しているからこそ、科学技術を専門にしない人たちに伝える。
その中には誤った認識を正したり、理由のない忌避を防いだりするはたらきもあります。
何が本当にわかって、何が本当にまだわからないのか。
このような情報をきちんと伝えることができる人が必要です。サイエンスコミュニケーターの起源は、イギリスのインペリアル・カレッジからはじまったと言われています。1990年代にイギリスで流行した狂牛病をきっかけに、イギリスのサイエンスコミュニケーションの重要性が認識されるようになってきました。日本でも、10年ほど前から各大学で試みが行われています。
本学のプログラムにはインターンシップもあります。科学技術を対象としている企業や、マスコミ各社からの受け入れが行われており、既に受講生には人気のプログラムになっているのだそうです。ほかにも病院の重度心身障害、医療少年院へのインターンプログラムも提供されており、幅広い学びが可能なように工夫されています。
<質疑応答>
質疑応答も盛り上がりました。報告者も実はサイエンスコミュニケーションには深い興味を持っているので、運営側ではなく、むしろ参加者としてここに居たかったものです。代表的なやりとりをとりあげておきましょう。
Q1 サイエンスコミュニケーターを育てようと思ったきっかけは?
A1 2008年に生命医科学部を作った時から思いは持っていたが、当時は手が回らなかった、とのお答えでした。当時はイギリスの先行事例はご存じなかったそうですが、サイエンスコミュニケーションは絶対に必要だと思っておられたのだそうです。先生のご専門は酸化ストレスですが、例えばテレビで流れる疑似科学的な話題…◯◯を食べると△△が治る!そういった番組が放映された途端、スーパーの棚から該当食品が売り切れてしまう。このような事例に心を痛めており、きちんとした教育プログラムが必要だ、と思っておられたのだそうです。「時間はかかるかもしれないが、ここで育っていった人が、いろいろな分野に入り込んでいき、いろいろな手法で正しいことを伝えていってもらえるといいと思うんです」とおっしゃいます。
Q2 日本の新聞の科学欄っていまいちじゃないですか?
(会場、一同笑)
A2 よく書けているものもあるけれど、それは一部のデキる人が頑張って書いているのだそうです。きちんとした教育プログラムを受けた人が、もっとたくさん育って活躍してほしい、と先生はおっしゃいます。「サイエンスコミュニケーションは、啓蒙、じゃないことが大事なのかもしれませんね」という発言も印象に残りました。これはダメ、信じてはならない、ではなく、どんなデータがあるのか。どんなデータが「ない」のか、材料を提示して判断してもらいましょう。わからないことを示すというのも大事なのでしょう、と先生はおっしゃいました。サイエンスを伝える側の人間が、原著・原文にあたることの大切さも強調しておられました。
ほかにも、社会学部社会福祉学科の学生からの質問、医療におけるサイエンスコミュニケーションの重要性……「隠す」から「知ってもらう」へのシフトの話や、文学研究科で哲学を専攻する学生から、科学的知識の受容についてのラディカルな問いが投げかけられる一幕もありました。
先生は「文転」した学生も大歓迎であることを強調されました。逆に、生命医科学部の学生にも「文系」的学問に興味のある学生も何人もいるそうです。
しかし、総合大学であっても異分野交流は意外と難しく、十分できているとはいえません。事実、企業に就職した時に、文系出身者と理系出身者の間のコミュニケーションはとりにくいというケース(それを評して「言語が違う」)があるそうです。そうならないよう学生の時にコミュニケーションをとるチャンスを作っておきたい、違う分野同士でコミュニケーションができる基盤を作っておきたい、本プログラムにはそういったねらいもあるのだそうです。
<おわりに>
私はサイエンスコミュニケーターではありませんから、そういう意味では今日のお話はあまり期待しないで下さい(笑)」とご謙遜されましたが、いやいや、そんなことはありませんでした。わからない問いに対しては、「それは、わかりません」ときちんとお答えするやりとりを含め、わかりやすく、正確、かつ届く言葉で、科学の重要性を文系学生にも伝えておられました。
先生は第一線の生命医科学研究者であり、同時に、社会と科学の橋渡しをもしておられるのだな、と感銘を受けたものです。様々な学部の学生が集って、分野を越境していく、最先端のものをつないでいく、そういう人たちになってほしいという先生の願いが伝わるひとときでした。
毎回、知的好奇心を刺激するお話が聞けるコモンズカフェ。次回も素敵な研究者をお招きします。お楽しみに!
(文章:岡部[元科学少年 現アカデミックインストラクター 当日ホスト役])