Date:2016.10.26
[第20回]同志社大学 ビジネス研究科教授 村山裕三「京都の伝統産業-その経営戦略と成長の見通し-」
第20回コモンズカフェ開催記録
<はじめに>
第20回のコモンズカフェはビジネス研究科の村山裕三教授をお招きし、「京都の伝統産業-その経営戦略と成長の見通し-」としてお話をいただきました。
タイトルからは、ややもすれば古びた話ではないかと想像する人もいるかもしれません。しかし蓋を開けてみたら、京都の伝統産業から宇宙開発(!)にまで繋がる、驚きのひとときとなりました。
<衰退を辿った伝統産業>
村山先生は最初「気楽にやりましょう」と聴衆をリラックスさせた直後「(京都の伝統産業は)いわゆる衰退産業です。完全に右肩下がりです」というショッキングな提示を行います。手描友禅の着物は100万円するのはざら。明らかに価格が上がりすぎているのだそうです。そこには手作業であるからこそ生産性をあげられないというジレンマもあるとのことです。
伝統産業は衰退を辿っているため、職人がタクシーの運転手に転職するといったケースもみられます。先生自身も西陣織の経営者の子供としてのお生まれです。家業は継ぎませんでしたが、伝統産業の灯火を広める様々な活動をされているようです。
<伝統産業の戦略その1:伝統芸能とのコラボレーション>
本物を守りつつ価格を下げるにはどうしたらいいか。本物に触れる機会をどう担保するか。色々と考えた後、村山先生のグループは大量生産と伝統産業のコラボレーション作品を発表するようになりました。プラスチック製品を製造する会社と手描友禅の職人が合同で作ったタンブラーや、木版画摺師の手による版画をデジタル化してお米のパッケージや手帖に落とし込むといったことをしておられるようです。本物のテイストを残しつつ、価格を落とすということがミッションです。あまりにもヒットしたため、コピー商品が出てきて大変だったことも……。テレビなどで情報が広まると、新たに落語家が手ぬぐいを木版画の手法で作って欲しいと依頼が来るといったスパイラルもあるといいます。
<伝統産業の戦略その2:グローバルに展開する素材の提供>
次に登場したものは名刺入れです。これを作るにあたって発想が変えられたのだと言います。「西陣織に見えないように作った」。「ただし用いているのは伝統産業の技法だ」。西陣織には和紙に金箔を貼り、それを裁断し、糸状にして織り込んでいく技法があります。それをマテリアルとして提供することとしたのだそうです。すなわち、伝統産業の技法を活かした素材を提供することで、様々なアーティストやデザイナーが様々な展開を行うことが可能となります。「伝統産業が次のステップに進むためのポイントなんだろう」と村山先生はおっしゃいます。伝統産業と言うと、古い技法を大事に守っていく(だけ)というイメージを持つ人も多いかもしれませんが、むしろその下地があるからこそ発想を飛躍させる、そんな視点の転換に、一同からため息が漏れます。
グローバルに展開するための特色や仕掛けにも言及されました。海外の人々に手描友禅を見せて、これは手描きだと説明すると「そんなバカな」「プリントだろう」と驚かれるのだそうです。箔を織り込んで布としていく技法は西陣織以外、どこにもない。こういった技術を知ると、海外の人々は積極的に求めてくるのだそうです。
実例として西陣織のクッションが登場します。細尾という西陣織の会社が海外の展示会に出したらそれなりに売れました。売れたと言っても、飛行機代や出展代そのものの回収とトントンくらいです。そこで、深い金色に光る一部分を素材として提示したら、ニューヨークの超一流建築家が「壁紙に使いたい!」と飛びついてきたのだそうです。ただし従来の織機ではとても壁紙サイズにはなりません。「作るしかない」「生涯最後の大仕事だ」と老齢の職人たちが協力して織機の改良からはじめて、とうとう有名ファッションブランドの旗艦店で使われるサイズの壁紙が完成したのだそうです。ちなみに、一流建築家と西陣織職人とのやりとりでは、価格は大した問題ではなかったとのこと。
伝統産業の担い手たちは、自らのデザインがすごいと思っていた。しかし真の強みは世界のどこにもない素材だった。だから次の発想が生まれた、と先生はまとめます。
<伝統産業の戦略その3:様々な分野にわたる展開>
実は村山先生のもともとのご専門は経済安全保障、技術政策だったといいます。以前はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の主任研究員をやっておられたのだそうです。伝統産業の話を聞きに来たはずなのに、いきなりJAXAが出てきて驚く参加者たち。「これはアラスカの氷河の衛星写真で、これはグレートバリアリーフ。この画像を使った友禅で風呂敷を作った」「これはJAXAの紙袋ね。外側は桜の形をあしらっていて、内側は衛星写真。紙袋の外は地味だが、内側は派手なデザイン。羽織の発想だよね」。山崎宇宙飛行士の「お守り」を仕掛けたのも先生だとか(しかし手違いで宇宙に行けなかったとのこと)。悔しいから「ネット販売用にたくさん作った!」。
宇宙関係者も伝統産業がお好きなようです。国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で桜吹雪を散らそうというプロジェクトを仕掛けたのだそうです(個人的に絶句)。無重力下で花びらを散らす実験は公募で採用され、東映の花吹雪専門家に話を聞いたりして、桜の花びらを作ったのだそうです。実際の桜吹雪を持ってきてくださいました。これをNASAの宇宙飛行士が散らし、扇子であおいで動きを3Dカメラで撮影した、とのこと。
そのような活動をしているうちに、ツトム・ヤマシタと組むこととなりました。とんでもないキャリアをお持ちの超一流のミュージシャン(主としてパーカッション)で、禅美学者です。村山先生、さてどうすると悩んだ後、サヌカイトという石を叩いた音の波動で染めた布を作ることにしました。幽玄なデザインが出来上がりました。これをデジタル化し、さまざまに展開するようになったのだそうです。実際にこのデータをもとに作られた襖が、ある京都のお寺に設置されています。
<伝統産業の展望:精神性の追求と次世代への継承>
これまでのお仕事を振り返り、村山先生は「今の伝統産業に欠けていたものは精神性だ」「たしかに伝統産業で作られたモノを見て人々は綺麗とは言う。けれどそこから何を感じ取るのか、感じ取ってもらうのかが欠けていた」と言います。伝統なのに精神性が欠けていたとはパラドキシカルですが「江戸時代の小袖の展覧会とか行ってごらん。その時代が感じられるようで、圧倒されるよ」。逆に今の伝統産業によるモノは、その圧倒されるような精神性が欠けているといいます。だからアーティストとのコラボレーションを行ったり、禅の考え方を取り込んだりしたのだと。禅の発想をもとに成功した例にAppleのスティーブ・ジョブスがいるよね、といいます。転じていまは精神性を感じさせる製品がなかなか存在しないといいます。
今の伝統産業の担い手は頑張っているのだそうです。変革を次の世代につなげていくため、30代の頑張っている人々が増えてきたのだそうです。伝統と新しいものを横断・共有できるプロデューサ、コンセプタ、コーディネータがどんどん増えているとのこと。新しい可能性が広がっているから、伝統産業をそういう視点からも見て欲しい。そう締められました。
<おわりに>
質疑応答も大変盛り上がりましたが、それは参加者した人たちだけの特権だけとしておきましょう。「みんな、良い質問するなあ〜」と先生がつぶやいておられたのが印象的でした。
今回のコモンズカフェは、伝統産業の話を聞きにきたはずが、いつの間にか宇宙の話にもなっていきました。村山先生が手がけた様々な作品や製品の実物が次々と登場し、本物に触れる機会がありました。伝統だからこそ、墨守するのではなく、新たな仕掛けを行っていく。そんなお話に驚き、充実感を覚えた人たちも多かったのではないでしょうか。会が終わった後も先生のまわりに残って先を争い質問をする学生が多発するひとときとなりました。
(文章:岡部 アカデミックインストラクター)
次回のコモンズカフェは、ラーメンの歴史的発展を追う研究者、ジョージ・セキネ・ソルト先生をお招きします。お楽しみに。