Date:2014.08.05
[第7回]同志社大学 グローバル地域文化学部 錢鷗「新聞・TVだけではわからない現在の日中関係」
第7回 コモンズ・カフェ開催記録
<はじめに>
第7回目は、2014年8月5日(火)の14:55よりラーニング・コモンズ2Fグローバルビレッジにて開催されました。
今回は、グローバル 地域文化学部の錢鷗(セン・オウ)教授をゲストとしてお招きし、「新聞・TVだけではわからない現在の日中関係」というテーマでお話いただきました。錢先 生のご専門は日中学術史・比較思想文化史ですが、今回は幅広く文化の側面から日本と中国の関係、特に中国における日本文化の受容についてお話していただき ました。当日参加した学生のなかには、日中関係に興味のある学生やアジア諸国からの留学生も多く含まれており、国際色豊かなひと時となりました。
テスト期間終盤ではありましたが、9名の学生、第4回にゲストとしてお話いただきました商学部百合野先生、ホスト役大学院生2名による計12名の参加となりました。
以下、当日の様子をレポートします。
<中国における日本文化の受容>
・中国で広まる日本文化
錢先生が来日されたのは1980年代末です。実は、当時から中国では多くの日本の大衆文化が受容されていたとのことです。
まず、映画では1970年代の日本の「任侠もの」をはじめ、高倉健、栗原小巻、中野良子、吉永小百合、広末涼子、木村拓哉といった主演作は、以前から中国で も親しまれてきました。また、文学の場合だと、村上龍の『69』、川上未映子の『乳と卵』、東野圭吾の作品(『白夜行』など)がベストセラーとなっていま す。最近では、村上春樹の『1Q84』が大ヒットし、青山七恵の『窓の灯』も評判が高いとのことです。他にも、長期連載されていた徳川家康の伝記小説が、 2008年のベストセラーになるといった興味深い現象も起こっています(この小説の人気の原因は、錢先生ご自身もわからないそうですが……)。
中国の出版業界・出版メディアは常に変化しています。業界関係者の認識が追い付かないほどのペースで、日本の作品が中国内に普及しています。
かつて中国の検閲制度は厳しいもので、日本から中国へと輸入される文化作品(文学、映画、テレビドラマなど)は、文化庁による選出を経なければなりませんで した。そのため、受容される日本文化はある程度選別されたものだったといえます。しかし現在、今も検閲制度そのものは残っていますが、数十年前の体制より も緩やかな規制となり、文化庁の選別以外にも、一般の人が自由に他国の文化作品を中国国内へと輸入することができるようになりました。そのため、正式な翻 訳作業が追い付かなかったりすることもあれば、時に「海賊版」としてマーケットに流出してしまったりしています。一般の人が自ら翻訳したものを、許可なく インターネット上で流してしまう現象が起こってしまうのは残念なことです。ですが、それだけ日本文化が受容され、中国では注目を集めているのも事実といえ ます。
・まるで日本と変わらない大衆文化
錢先生は、より具体的な作品名を挙げながら、中国における日本文化の受容を教えてくだいました。
例えば、マンガが原作のテレビドラマ『東京ラブストーリー』は、とても人気がありました。「トンアイ(東愛と略す)」との愛称が登場するぐらい親しまれてい ます。また、『花より男子』は、中国では誰もが見ている国民的テレビドラマとして広まっています。錢先生ご自身は、日本での放送当時は観ておられなかった ようで、「日本にいる人(錢先生)が見ていないのはおかしい!」と中国のお友達から言われたそうです。
アニメもテレビドラマ同様に人気で す。錢先生は、先のドラマ『花より男子』をリアルタイムで観なかったことへの教訓から、スタジオ・ジブリの作品『風立ちぬ』は公開後、すぐに日本で観に行 かれました。中国では、すぐに上映されなかったため、錢先生が中国へ帰国した際に多くの人から、予想通り「『風立ちぬ』を観たか?」と聞かれたそうです。 『風立ちぬ』は出版もされ、12元というお手頃な価格で販売され、多くの中国人に親しまれる作品となりました。日本のアニメは、数えきれないほどの作品が 中国に輸出されており、単に鑑賞するためだけでなく、中国のアニメファンたちによって、特定のアニメキャラの模写やそれを発展させたイラストなどがイン ターネットを経由して流布されているそうです。日本のアニメファンと変わらない、作品を受け入れ、楽しんでいる様子がうかがえます。
・その他の文化受容
アニメに限らず、日本の建築とインテリアについても、およそ15年の歳月をかけて中国人を魅了してきました。例えば、日本を代表する建築家の安藤忠雄は、 中国においても絶大な人気を誇っています。2010年の上海万博が開催されたとき、安藤忠雄を招いた講演会が行われました。2万人近くの人々が殺到し、全 員が会場に入れないほどだったそうです(講演会で2万人とはさすが中国、規模が違います)。中国各地では、彼を真似する建築物が造られているとのことで す。
陶磁器も日本と中国の文化交流を示すものだと錢先生はおっしゃいました。時代による変化がみられます。陶磁器は、「清朝時代」、「明朝 時代」、「江戸時代」とそれぞれ発展していきました。大事なのは、日本と中国の作品が、互いに影響を受けながら変容してきたことです。「明治時代」に陶磁 器の作品では、過去の時代にはない独自のものが作られますが、そのときには「清朝時代」や「明朝時代」の影響を「忘れている」といえます。「忘れる」と は、かつて「取り入れた」ということを含んでいます。次に新しいものを生み出すには、過去に「取り入れた」ことを忘れるほど、その影響を自分のものにする 必要があるのです。
実は、現代の日本と中国の文化関係においても同様のことが言えます。お互いの文化を刺激しあいながら、またそこから新たな文化が形成されていくという、ある種の弁証法的な相互関係(少々難しい表現となってしまいますが)をそこに垣間見ることができます。
錢先生は、現代中国における日本文化の受容について示す興味深い雑誌『知日』を持参され、見せてくださいました。この『知日』は北京で刊行された雑誌で、編 集と撮影作業は30歳未満の若い世代によって担われています。コモンズ・カフェで閲覧させていただいた3冊は、「明治維新」の特集号、「猫」の特集号、 「制服」の特集号で、それぞれ日本人の文化や生活を垣間見ることのできる内容でした。生活文化、歴史、政治、ファッションなど多様なテーマから、日本の近 現代文化を知るための雑誌=『知日』という印象を受けました。『知日』は、以前に反日デモが続いていたときであっても7万部を売り上げていました。日本で 伝えられる中国の報道イメージとは異なる中国の別の側面――日本文化を進んで知ろうとする中国文化――を照らし出したものであるといえます。
このほかにも、中国ではお正月になると家族そろってテレビドラマを観る習慣があるようです(日本での「紅白歌合戦」のようなものでしょうか)。そのドラマ で北海道が舞台になった年がありました。その後、ロケ地に中国からの観光客が激増したとのことです。かつて、中国の人は「北海道に旅行する」という選択肢 はなかったようなのですが、このドラマを契機に北海道がメジャーなものになりました。テレビの持つ影響力を感じさせるエピソードを錢先生から教えていただ きました。
<人と人が出会うこと、それが国家間関係を作る基本的なこと>
日本と中国の関係は、難しい局面を迎えていると私たちは思いがちです。連日、テレビや新聞で報道される対中国との政治・経済問題は、人の姿が見えない一つのイメージを形成させてしまっているのではないでしょうか。錢先生は、参加学生からの質問に以下のように答えました。
実際に人と人が出会い、話をして、相手の文化を知っていくことが必要です。留学してみると、それがよくわかります。是非、皆さんも若いときに外国へ行ってみてください。
<おわりに>
錢先生は、現在の日中関係について印象的なことをおっしゃっていました。「日本の書店へ行くと、中国に関するたくさんの書籍が陳列されています。また、連日 のテレビニュースでも中国に関する様々な報道がなされています。しかし、それらの多くが「反日」、「嫌日」、「親日」などの意味づけをされて表現されてい ます。これら意味づけのどの立場も似たようなロジックによっておこなわれています」。
相手をどのように位置づけるかは、どこに価値を置くか によって変わってきます。ですが、結局のところ、議論の進め方と、用いられる比喩(レトリックとしての「○日」)は類似しているという見方は、とても重要 な視点であると思います。私たちはとかく、「見出し」や「キーワード」に目を向けがちですが、それがときに本質を見誤る可能性をもっているのです。物事を 捉えるには、一面からだけではなく、多方面から、さまざまな角度・視点でみていかなければ、本質は見えてきません。中国での日本文化を拒絶する側面もあれ ば、受容する側面もあります。このどちらかだけで議論していては、中国と日本の関係を理解することはできないのだと思います。
その昔、日 本は中国から漢字を輸入しました。そして、日本独自の文字文化を発展させていきました。今度は中国が日本の文字文化を輸入しています。今後、日中の文化間 交流がどのように進み、お互いの文化を作り上げていくのか、注目したいと思います。錢先生のお話は、中国において日本文化がどのような視点で受容されてき たのか、具体例を交えたとてもわかりやすいもので、知的刺激をかきたててくださる内容でした。錢先生、そしてご参加いただいた皆様、お忙しいところ、どう もありがとうございました。
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ゲストの先生のお話から、どのような新しい対話を生み出せるか、それもその場に参加した皆さんで作り上げていくものです。今後も是非多くの皆さんにご参加いただきたいと思います。次回のコモンズ・カフェもお楽しみに。
<構成と文章 村田(陽)・浜島(メモ:鈴木・米川・岡部)>